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公竹斎のブログ

新潟市在住、還暦すぎです、清掃パート職、はてなダイアリーと併用しています

高安関、大関へ

大相撲13日目(金曜)に高安が日馬富士に勝利し、大関昇進をほぼ手中とした。安堵からか残りの2日は黒星だったが、精神衛生上はよかったんでしょ。13日目にNHKのTV中継で国技館で観戦中の高安のご両親を映していて、とても存在感のあるお母さんだなあと思って見ていた。千秋楽を終えた今日の朝日新聞社会面で、同郷で幼なじみの秋元才加という女優さん(知らない人です)のインタビュー記事で高安の母親がフィリッピン出身と知る。

先場所か先々場所、御嶽海のお母さんもTVに映った際にフィリッピン出身と紹介されていて、なかなか今後は角界フィリッピンパワーが吹くかもしれない。どこか弱小親方が直接フィリッピンに出向いて有為な若者をスカウトするのもいいんじゃなかろか…でも南国はダメ男と働き者のおっかさんというイメージもあるし、むずかしいかな?

高安と切磋琢磨してきた同時期の力士に妙義龍、松鳳山がいるが大いに差がついちゃったか、来場所は妙義龍は十両だしな、高安君は確かに全身毛むくじゃらで目がクリクリでいまにして思えばハーフと気付いてもよかったのだが、こちらとしては松鳳山の容貌怪異さについ目がゆき、サモアの怪人かニューギニアの原人かとついうれしくて、話題にしていた。

初めて横綱と対戦したとき張り手した高安、いつも首ふりでどうみても対戦相手をいらつかせているのに気付いているのかいないのか不遜に口を曲げてる高安、愛憎半ばで今後も注目したいです。

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代議士 木島喜兵衛

昨日記したわたしの叔父さんの死。母とは10歳くらい年齢は離れ、叔父さんが結婚したのはわたしが中学2年生の頃だった。

直江津港の近くにあった住金系の製鋼所に勤めていた叔父さんは、高度成長の時代に新しく鹿島臨海工業地帯にできる新工場に移動となり、なら嫁さんがいなくてはいけないと実家総出で婚活のすえ、縁あって同郷の方と所帯を持った。ソシアリストの長兄(わたしの伯父さん、一昨年死去)は地元で役場に勤務いて、その頃豪奢になるばかりの結婚式に反発したのか、公民館みたいな場所でソシアリストかくあるべしというスタイルの挙式を発案し実行した。祝詞とかアーメンとかなしでだったがインターナショナルを合唱ということはないが、新生活実践みたいな雰囲気の結婚式に、わが家一家も参加しました。

そのときの来賓が国会議員の木島喜兵衛。わたしが会食したことのある唯一の代議士だけれどネット上に人となりなどまったく痕跡も見いだせない。wikiには小さく出ているだけ。国会議員白書というサイトではすべての演説が残っているけどそんなの興味もないし。困ったことに画像もないんだなあ。うちに結婚式の際の写真はあったのだが、数年前に母が“断捨離”もどきでほとんど処理したから残ってないだろうな。髪の毛が黒々濃くて太い眼鏡して快活そうな人に見えたが、残念ながら偉い人だと知らず会話なども記憶がない。長兄の伯父さんや死んだ叔父さんからきちんとそんなときの話も聞いておけばよかったのだが、まあ大事なことは伝わらないもんなのよね。というわけで本日は画像なしです。

 

叔父さんが死んだ

先週エントリした「小田原の叔父さん」は、12日に電話をよこして13日に新潟に到着、わが家に2泊して15日の午後にわたしが新潟駅まで車で送り、その日の夕方小田原駅に着いたと電話がきた。でもって、その叔父さんが亡くなったと昨日午後、電話があった。事故というか行きつけにしていた(らしい)箱根の日帰り温泉施設のサウナで倒れたらしく救急車が到着したときには息がなかったそうだ。

所持品の携帯電話のアドレスから叔父さんの弟さん(上越に住んでいる、やっぱりわたしからは叔父さん)のところに第1報が入り、弟叔父さん大変だったろうがそれからあちこち連絡をしてくれたらしい。

エントリにも、体が弱っていることや深夜にひどい咳をしていたことなど記したし、体全体から“死期が近い”という雰囲気がしたけれど、こんなに早いとは思わなかった。横浜市に住む娘さん一家とは別居し小田原に住んだ叔父さんなので、娘さん一家よりも母とわたしとが最後に出会いめし食いおしゃべり交わした親族かもしれず(詳しい連絡などまだないので不明)、神妙な気分が湧いてくる。心臓に持病の母は遠出は難しいし、わたしも仕事もあることで急に横浜へはいけないけれど、新潟に寄ったことなど伝えねばと考えていたら、今日夕刻弟叔父さんから電話があり、30日が通夜で31日が葬儀と教えられた。31日なら公休が入っていたので、弟叔父さんと時間を合わせて葬儀に行くことを決めた。

温泉で倒れて死ぬなんて、ハタ迷惑だが本人はなんかフワッと彼岸へ行けそうで、まあ平均寿命を越えていたのだし、震災で終の棲家をなくし奥さんも一昨年亡くし、いろいろ重たそうだった叔父さんとしては、楽に死ねたのならそれはそれで(傍の迷惑はまあそれとして)よかったかなと思うことにする。仙台におられた頃に笹かまぼこをいただいたことがあるが、このたびは小田原蒲鉾お土産に持って来てはくれなかったか、まあいいけど。

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金魚草の花言葉

今日は公休なのでNHKのラジオ深夜便を聴いてはいません。今月度から勤務形態が以前の開店前作業に戻ったので「午前4時半起床、かるく朝食、5時15分に家を出る」となり、ラジオをつけるとラジオ深夜便の最終コーナー「明日への言葉」でどこかの爺が自慢話や教訓話を垂れ流すのをいやいや聴き終えると50分過ぎに「誕生日の花と花ことば」のコーナー。今日の花は金魚草、数年前には花にちなんだ俳句を紹介、その後の1年間は歌人鳥海昭子が新作短歌を詠んでいた。

金魚草十本ばかりかつぎたるあなたの首の美しかりき

 刈った金魚草を手に持って肩にかけた“あなた”の首あたりを見ると美しいのですね、カラフルな花束なら何を持っても美しそうだが、首が美しいって言葉がちょっとね頸とかの方が筋まで見えて美しいひとっぽいかな。

でもって金魚草の花言葉だがNHKの番組では「清純な心」なんだけどこちら「情報サイト 誕プレ」だとまあひどいもんだね、「おしゃべり・出しゃばり・おせっかい・図々しい」ときたもんだ。なんだか金魚草の花束を贈りたい人の顔がスルスル数名思い浮ぶのだが、貰った当人はもちろん図々しい連中なので「あらあら、これってきっと清純な心のわたしにピッタリなプレゼントね!」と曲解されるかしら。ドクダミジャイアントホグウィードにも花言葉はついてるんだろうが、知りたくもないけど。

近所で咲いてる金魚草の画像を貼ります。わが家では種から金魚草育てたことがあるけれど茎が太くならずすっげえ貧弱な金魚草しか育たなかったな。

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大道寺将司獄死

昨日、中核派大坂正明逮捕に関して小さく記し、今日は東アジア反日武装戦線 大道寺将司の獄死をこうして綴る。毎日新聞「連続企業爆破 大道寺死刑囚が病死 東京拘置所」の記事を貼る。死刑囚だった男の享年68歳、獄中40年にため息が出る。わたしが大学1年生、文学系のサークルに属し三菱重工爆破事件はサークルの夏合宿さなかのニュースだった。渋谷にあった大学構内、正門付近に大きなアジ看板、サークルの部室手前が自治会・文連の居室、そこに出入りするほとんどが活動家だったのか見知った顔が内ゲバで死者となってもいる。

死刑が確定し妻にも逃げられ(違うのかな?違ってたらごめん)た揚句の大道寺は、死刑確定後から俳句を詠み始め、時々朝日俳壇でその名がみられた。残念ながら新聞で読んだ俳句を覚えてはいないが、WEB上で「大道寺将司全句集 棺一基」の秀句を見出すことができる。

棺一基四顧茫々と霞みけり

夢でまた人危めけり霹靂神

干蒲団死者に貰ひし命かな

 今日の朝日新聞記事中で「爆破装置の正確な知識や威力についての認識がなく、殺意はなかった」と死刑確定後に再審請求していたと書いてあった。“夢でまた人危めけり…”にどれほどの悔恨があったのか、それが裁判で言い足りなかったことだったのか。

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大坂容疑者逮捕

 渋谷暴動事件で警官殺害で指名手配されていた中核派の大坂正明容疑者が大阪府警により広島の賃貸マンションで逮捕された。WEB上のニュース記事を貼りつけておく。毎日新聞5月23日付【渋谷・警官殺害 指名手配の「中核派」大坂容疑者逮捕か】と同24日付【渋谷警官殺害 警部補遺族ら「事件は風化してなかった」】。うちは朝日新聞購読してWEB会員でもあるんだが、そちらをブログに貼ろうとしても思い通りにならない。

朝日の記事では中村巡査(当時)の同僚で現場で警備にあたっていた沢野正則元警官のインタビュー記事があり氏の年齢は66歳とあった。犯人の大坂容疑者は67歳、見知らぬ若者たち同士が乱暴に交錯し火炎びん・ゲバ棒催涙弾の乱れ飛ぶ中での死があり40数年間の逃亡がある。

佐渡相川署の署長を父は勤めたが、佐渡に赴任の際には中村恒夫警部補の墓参が初仕事だったと、手配犯逮捕のニュースを聞いた母が教えてくれた。新宿騒乱事件の翌日に新宿駅周辺を歩いた、中学3年生だった、催涙ガスの甘く煙たい悪臭に覆われていた新宿駅西口で目が痒くて仕方なかった。元同僚沢野正則さんの朝日インタビュー記事の最後にこう記されている。

容疑者が逮捕されたら、当時を知る関係者にとっては一つの区切りになると思う。「中村さんの執念かもしれない。成仏してほしい」(加藤あず佐)

 

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宮古島の雪塩

仕事場の同僚さんからお土産にいただいたのが、宮古島の雪塩宮古島になにしに行ったの?泳いできたの?と愚かな質問。日焼けしてないもんね。伊良部大橋を渡るツアーに行って来たんだそうで、そうですかあなた橋マニアですか?

いただいた宮古島の雪塩に驚く。こういうコンセプトもありか、封を開けた瞬間に唸っちゃいましたね、この見事なパウダー状の粉末が塩なの?半信半疑で一つまみを口に含んで納得の穏やかな塩分に口元が緩んだ。料理に使うのが楽しみだね、それともキュウリの切り口にふわりと乗せるだけのほうが合うかなと、嬉しいしょっぱさでした。とはいえ宮古島ですか、橋が開通したニュースは知っていたけれどそれ以外の観光地などわたしには思いつかない。

伊丹十三のインタビュー集「小説より奇なり」中に人生劇場・神平衰弱篇というのがあって、宮古島終戦を迎えた旧軍の一等兵の話が面白かったな。ウジ虫から天ぷら油を作る話とかマラリアに罹患してハブを捕まえてスタミナ付けたとか、凄く面白かった記憶があるが宮古島の習俗やら住民に関する話題はなかったかな?

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